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2021年1月5日火曜日

コロナ禍の謹賀新年

 

 コロナ、コロナに明け暮れて年を越し、正月気分もそこそこに新年の三が日が過ぎたが、この疫病の感染力は撤退の気配すらなく増殖中だ。

 日本だけでなく、欧米をはじめ世界的な流行を目の当たりにして、齢を重ねた身(私)が〝歴史に刻まれるであろうこんな大事件”に遭遇するとは、まさに青天の霹靂!

 同時に、働き盛りの世代にとっては大変な災難を背負い込むことになりそうで、これからの成り行きがどのような決着になるのか懸念されるところだ。

 日本海沿岸では暮れから正月にかけて記録的な大雪に見舞われているようだが、コロナの侵害が最大の東京は天候だけは快晴に恵まれていて、穏やかな年初になった。

 年寄り(私)には感染の心配が絶えないけれど、普段から自粛が日常化しているので感染のリスクは少ないはずだが、コロナ防御には細心の注意を払っている。

 

 元旦に早起きして、自宅アパート(集合住宅の9階)のベランダから「初日の出」(写真)を拝んで2021年をスタートしてから、今日まで初詣も自粛。

 ただ、習慣になっているラジオ体操とウオーキングを賑わいを避けて励行、これだけは身体の動作と健康に欠かせないので若い時分から続けている。

 それと、日光欲がビタミンDの補給になって、コロナ対策にもなるとか、そんな情報にちょっぴり動かされているが、いずれもひとりで単独で行えるのがいい。

 写真の太陽の登りは自宅から眺めると、ちょうど西新宿の都庁の方向になる。郊外のわが家から都心までは30~40㎞離れているのだが、肉眼で西新宿の高層ビル群や上野・浅草方向に当たる墨田区の東京スカイスツリー望める。(最後の2行を加筆しましたが、コロナの感染状況がますます拡大中で、特に東京は3度目の緊急事態宣言の発令中なのでブログもネタ不足、ご無沙汰の自粛生活を続けております=5月15日


 

2008年6月30日月曜日

車寅次郎の売啖呵

 もののはじまりが一ならば、国のはじまりが大和の国、島のはじまりが淡路島、泥棒のはじまりが石川の五右衛門なら、助平のはじまりが小平の義雄。
 はじめばかりじゃあ話にならない、続いた数字が二つ、兄さん寄ってらっしゃい吉原のカブ、日光、けっこう、東照宮、仁吉が通る東海道、憎まれ小僧世にはびこる、仁木の弾正、お芝居の上で憎まれ役。
 続いて数字が三、三で死んだが三島のおせん、おせんばかりがおなごじゃないよ、かの京都は極楽寺坂の門前で、小野の小町が三日三晩、飲まず食わずに野たれ死んだのが三十三、とかく三という数字はあやが悪い。
 続いた数字が四であります。四谷、赤坂、麹町、ちゃらちゃら流れる御茶ノ水、粋な姐ちゃん立ち小便、白く咲いたが百合の花、四角四面はとうふ屋の娘、色は白いが水くさい、一度かわれば二度かわる、三度かわれば四度かわる、淀の川瀬の水車、たれを待つやらクルクルと。
 ご(五)ほんごほんと浪さんが、磯の浜辺でねえあんた、わたしゃあんたの妻だもの、 昔、武士の位を禄(六)という、後藤又兵衛が槍一本で六万石。
 ろくでもない子供ができちゃいけないから、教育資料の一端としてお父さん、ピース一個買うお値段で、買っていただきましょうこの英語の本、メンソレータムにDDT、NHKにマッカーサー、古い英語がズラーッと書いてある、表紙も赤いよ、赤い赤いは何見てわかる、赤いもの見て惑わぬ者は、木ぶつ、金ぶつ、石仏、千里旅する汽車でさえ、赤い旗見てちょいと止まる。続いた本が色が黒い表紙、色が黒いか黒いが色か、色で惑わす万朶(ばんだ)の桜、色が黒くてもらい手なけりゃ山のカラスは後家ばかり、色が黒くて食いつきたいが、あたしゃ入れ歯で歯が立たない。
 七つ長野の善光寺、八つ谷中の奥寺で、竹の柱にかやの屋根、手鍋さげてもわしゃいとやせぬ、信州信濃の新蕎麦よりも、わたしゃあなたのそばがよい、 あなた百までわしゃ九十九まで、ともにシラミのたかるまで。

 以上、映画「寅さん」の売啖呵、寅さんこと渥美さんの名調子が忘れられません。若いころ、発声と喋りの訓練などに随分使わせてもらいました。

 この口上のなんというバカバカしさ。とても楽しい気分にさせてくれます。ただ、これらの言葉や意味がだんだん若いひとたちに伝わらなくなっているようですね。