2019年4月17日水曜日

「平成」の次は「令和」だってさ

 いろいろ物議をかもした新元号「令和」ですが、和暦と西暦の二刀流を使いこなすのも、なかなか厄介なところがありまして、長生きしてると尚更かもしれませんが、西暦の1920年は和暦だと、えーと?、えーと?、という具合で、それこそ手帳なんかの末尾に載っている年齢早見表に頼らないと元号が出てきませんですよ。

 それで私などは平成に代わったころから、私用の書き物には西暦を常用してるのですが、役所など公的な届け出等、和暦での記載を求められることも多々あるので、えーと、今年は平成31年で間違いないよねと、その都度、暦を確認する始末です。その「平成」もあと僅かで、いよいよ「令和」という元号がスタートする訳ですね。

 さて、春まっ盛りとなり桜前線はいま、東北に入ったと今朝のニュースで知りましたが、東京はすでに桜は散ってしまい、今月末から新元号に移る5月の上旬にかけて10連休というGW(ゴールデン・ウイーク)の話題に浮き足立っているような雰囲気です。

 もっとも我が輩は、例年通り混雑するGW期間は極力外出を避けて、好きな遊興も自重するつもりです。

 ちなみに、早朝のウォーキングは体調管理の日課で、自宅から歩いて5分位のところに居住市の運動公園があって、今朝も歩いてきたが、先日などそのコースが桜の花弁で引き詰めた絨毯(写真)になり、気分は爽快でした。真近に迫った新元号とGWで世間が騒がしくなった、というのは気のせいで、もしかしたら、この先が見え難い不安定な政治、経済の騒動なのかも知れない。

 多分、元号が改まったからといって心機一転とは行かないでしょうが、地道に、嘘のない生き方を続けたいと思うのです。まぁ、先のことはわかりませんので、今この時を悔いなく過すのが精一杯、といったところです。

 

2019年1月28日月曜日

心機一転、とはいきませんが

 いよいよ平成時代が終わる、と言っても身に沁みるような感慨はないのだけれど、この元号を振り返ると自然災害がいやに多かったので、昭和生まれの小生には平成の30年間は厄に憑かれた歳月だったと悔いが残ります。

 もっとも、昭和時代も災難は多くて、特に大東亜戦争などを引き起こして敗戦、国土を壊滅するような惨状を呈して、それも人為的な行状による災いですから、正直なところ平成時代より始末に負えない代物だったと思いますよ。

 さて、今年は新元号に変わるので、どんな時代が来るのか楽しみですが、どうも悪事のほうが記憶に残る歴史の常道なので、やはり厄除けを大いに念じながら、ここは心機一転、楽天的に参りましょうか。

 いやぁ~新年を迎えて早くも一か月が過ぎようとしてますが、そう言えばこの年越しにも心機一転を誓って歩み始めたはずなのに、ほとんど成果もなくだらだらと日めくりを捲って生き恥を曝している始末です。

 今年は元旦が曇天のため恒例の「日の出」詣でができなくて、正月二日目に拝んだ(←写真)のですが、この出だしで調子が狂ってしまった感もあるけど、元号も新たになることだし、好い年になるよう地道にやって行くつもりです。

 どれだけの事が出来るかわかりませんが、悔いを残さない生き方が出来れば、と思っております。どうぞ皆さま本年もよろしくお願い申し上げます。

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2018年12月17日月曜日

お久しぶりです!

 最近はどうも年齢のせいか、ブログが書けなくなった。日常の行動範囲が狭くなって、記録しておきたい出来事がめっきり少なくなったこともあるが、働き盛りを過ぎた年代の人間として、もう時代の流れを見守る位置だろう、との想いから “ もの申す”という意気込みが消沈している。

 私事で恐縮ですが先月、娘が体調を崩して入院し、今年は紅葉の物見遊山もお預けになったが、今月の7日に様子を見に行った病院の敷地内(左の写真)で拝観できて、その娘も明後日には退院の運びとなり、どうにか平常通りに妻子揃って年の瀬と新年を迎えられそうだ。

 昨日は私が所属する東京俳優生活協同組合(略称=俳協)の今年度総会が東京・四谷であり、440人からなる集団で私自身は仕事量は歳相応に減少したが、事務所の動向を確認したり仲間と親交を温める場なので出席した。

 日産のゴーン会長、中国の通信機器大手「ファーウェイ」
フランスの大規模デモ、沖縄の普天間基地、等々、成り行きを注目しており、個人的には安穏としてはおれない世の中の動きなので、新しい年も気が抜けないだろうと覚悟!してる次第です。

 

2018年7月16日月曜日

西日本の豪雨災害

 7月5日に降り始めた雨が勢いを増して、翌6日~7日には岐阜から長崎に至る西日本の計9府県に甚大な災害を警告する気象庁の「大雨特別警報」が発令され、このブログを書いている16日現在で広島100人、岡山61人、愛媛26人など16府県にわたり計210人の死者、計20数人の行方不明者という大惨事になっている。

 そして、この豪雨被害は土砂崩れ、河川氾濫によって家屋の損壊などで計二千数百人が避難生活を余儀なくされているようだ。私はこの度の被災地とは圏外の関東(東京)の人間ですが、この国に住んでいる限り、7年前の福島沖を震源地として発生した東日本大震災の記憶も生々しく、決して他人事ではありません。

 まして西日本豪雨に先立つ6月18日には震度6の大阪北部地震が起きたばかりです。今度の豪雨災害でも痛感した事は、例えば1910年代、和暦で言うと大正時代ですが東京を襲った関東大震災、東京の下町に大被害をもたらしたこの震災については私など亡父(明治生まれで震災当時12~3歳)から聞いた話ですが、実際の体験者はもうこの世にほとんどいない昔話です。

 で、自然災害への対処となると、やはり時の政府に頼らざるを得ない。国を挙げての防災という点では、被災者の救済が何より優先事項でしょう。(今回はこれが随分後手に回っていたようですが)被災の怖さは、経験値を超えた今回のような災害が起こった時こそのものです。東日本大震災のときもそうですが、想像を絶する規模の災害です。

 今年は梅雨明けが例年より早く、関東・甲信地方も6月下旬に明けて、そのあたりからこれも例年にないほどの猛暑日が続いています。なんだか凄い異常気象を感じますが、季節の花も陽気に戸惑いながら開花しているようです。

写真は梅雨時の紫陽花で、すでに咲き終えていますが、この連日の酷暑は被災地の復旧・復興作業も難儀だろうとお察し致します。

 いずれにしたも予想外といいますか、予期できないのが自然災害で、被災は他人事ではなく生きてれば誰しも、経験したことがないような地震や風水害の脅威に曝されている、と思うのですが、これ日本人の宿命なのでしょうか
 
 日本には「天災は忘れた頃にやってくる」という諺がありますが、これがいまや当てはまらぬほど頻発するので用心が怠れなません。明日はわが身、と覚悟しておかなければなりませんね。


2018年5月10日木曜日

今年もGWは自己流で

 GWが終わり坦々とした日常の生活に戻って、何故かホッとしている自分ですが、個人的には連休明けの一昨日8日に身内の七回忌の法事を施主として行ったので、休暇は行楽や世間の賑わいから外れて自宅で過ごしました。

 さて、このブログも2か月ぶりで、歳のせいかも知れないが最近はなかなか筆が進まなくなりました。PCをやってると情報過多で、こちらが求めているものに付随してフェイクニュースまがいのものだったり、個人的に楽しむSNSでの発信が誤解を生んだりで、気後れしてました。

 かといって、デジタルテクノロジーやIT(人口知能)の時代に生きているのですから、年寄りだからとそれら現代のハイテクを最低限使えないと身動きができない。先端を行くのは無理としても自身の生きる力として、文明の利器を身に着けたいものです。

 いい気候ななりました。これからの梅雨入りまで日本は最も好い季節ですよね。私が日課にしている早朝の散策で行く近所の公園ではハクウンボク(白雲木)の花が終わり、いまエゴノキ(売子木・←写真)の花が満開です。

 元来が夜更かしで早起きは苦手ですが、この季節は6時に起床して徒歩5~6分の公園に行き、ラジオ体操をやったあと周回遊歩道を30~40分ウオーキングというのが日課ですが、雨の日や寝坊でなかなか毎日とはいきません。

 それと、仕事のほうはボチボチで近々1本、オーデションの予定が入っていますが、生活のメーンは身体トレーニングや読書、映画鑑賞(DVD含む)などが近況です。


2018年2月12日月曜日

光陰矢の如し!

本題の「光」は日「陰」は月の意
時の流れの速さをたとえた「ことわざ」なのだが
折々にこの言葉が脳裏に浮かぶのは歳のせいかも知れない

月日の過ぎるのが(弓の)矢のように早いというたとえ
文字ずらからして古めかしい時代物の世界で
いまどきの若者ならまず使わないのではないでしょうか

ですから高齢者という断りを付けなけりゃなりませんが
このあいだ新年を迎えたと思ったらもう2月12日
日めくりの暦があれよあれよと厚みを減らして紙屑に


現在お隣の韓国で冬季平昌オリンピックが開催中ですが
核ミサイルなどで険悪化している北朝鮮の問題
日本国内では記録的な大雪や寒波が襲来する異常気象

国民個々の生活にもいろいろと影響がありそうな
憲法や景気等々の時事の動向にも一抹の不安を覚えながら
月日の早い流れに身を委ねているといった次第です


いったい今年はどのような年になるのだろうか・・・・・・
いや、こういう年にするぞ!と気概を持ちたいところだが
現実社会は不確実性に満ちていて掴みどころがない

とりあえず日常の些末な事柄に右往左往しながら
そうだ
明日は立川税務署へ確定申告に行こう!

 

2018年1月20日土曜日

他人(ひと) の為に・・・

 さすがに最近は歳相応というか、傍目にはかなりの高齢者と映るようで、混んだ電車やバスに乗り合わせたときなど席を譲られることが多くなった。そんなときに、最初のころは幾度か「大丈夫ですよ」って断っていたが、この頃は折角の好意を断るのも大人気ないというか、なにを若ぶっているだという自嘲があって、素直に座らせてもらっている。

 もっとも、こうしたマナーに関わる人間社会のあり様は複雑で「わざわざ混んでる電車に年寄りが乗って来るんじゃねえよ」といった迷惑顔も垣間見える次第で、人は誰しも固有の物差しを持ってるからね。けれども、自己中では生きて行けないのではないかなぁ~。もし、自分ファーストを通したら他人さまは・・・・・・。

 いや~、自分第一で連想しちゃうけど、アメリカはどうなっちゃうのかなぁ~。トランプさんという企業家が大統領に就任して1年経ったけど、米国ファーストを掲げた諸政策が行き詰ってるね。もともと世界一の強力国家なのに、ファーストなんてことを強調するから「じゃあ他所の国はどうでもいいのかい」って反発を買い、いまや欧州をはじめ世界中の国々から非難の声が上っている。

 そんな声に動じない国力がいまはあるのだろうが、問題はこのまま突き進んだら米国は衰退の一途かも。国家間レベルの関係は相互にメリットが保持できなければ、片方だけの利益で成り立つはずがない。まぁ、私は政治家でも評論家でもない一般人、それも市井の一老人なので偉そうなことを言えた義理ではないが、ファーストという立ち位置がどうにも気に食わないのだ。

 話を元に戻して電車の中の席の譲り合い、自力で出歩くためには足腰を鍛えねばと、自慢じゃないが鍛錬だけは若い頃から怠らず続けている。いまは歳を考えて近所の市設公園の遊歩道(写真)が私の訓練場で、朝食前の1時間、ここで身体を鍛えている。都心でなく未だ緑豊かな郊外に住んでるので近くの玉川上水をはじめ、一帯が自然豊かな環境で生活圏としては住みやすい。

 もちろん、自分のことだけでなく、他人のために出来ることをやらねばと思っているが、その気持ちとは裏腹におのれの無力を棚にあげてるなぁ~と、内心忸怩たるものがありますが、ともかく地道にやって行くしかない。

 http://ameblo.jp/syu-036