ひとは誰でも「働き盛り」という時期がありますね。
一般的には20代から50代までの40年間、俳優業では愛菜ちゃんみたいに子役で活躍していたり、政治家みたいに60代を超えても現役バリバリのひともいるから、一概に期間を区切ることはできませんが・・・。
ただ、おのれの歩んできた道を振り返ってみると、やはり一般的な期限に当てはまります。俳優はどちらかといえば特殊な職業と言えるんでしょうが、いえ、本人は職業というよりアーティストまたは芸人だと思っていて、職業意識などなくて半分遊び人の感覚ですね。
しかし、公的書類などの職業欄には「俳優」と書くほかなくて、一応「俳優」とか「仕事」という言葉を使ってますが、働き盛りという時限では業種は関係ないのかも。60歳か65歳定年制で働いている企業マンや職工さんらと同様、青年期から壮年期が最も油がのりきる時期ですからね。
ほかの業種にも通じると思うのですが私の場合、舞台からテレビ・映画の映像に活動の主軸を移してきましたが、働き盛りの期間にお世話になり可愛がって頂いた舞台の演出家、映像関係のプロデューサーや監督さん、劇団主宰者や所属しているブロダクションのマネージャーなど、ほとんどが現役を定年で引退したり、大半が物故されてしまいました。
ですから、現場(仕事場)へ行けば初顔の若いスタッフ、嫌でもこちらが年寄りであることを実感させられています。それに、名が売れている訳ではないからどんな芝居するのかと計算できない。出演機会が少なくなるのは当然の成り行きです。
それに加えて、こちらも創造面で若いひとの感性について行けるかという不安を抱えながら演じなければならない。おのれは現役のつもりでも現場は働き盛りが中枢ですからね。
まぁ、この仕事は真摯に、謙虚に、が第一ですし、物怖じする歳でもありませんから、いまは何事にも達観した境地で歳相応に行こうと思って居ります。
2012年2月13日月曜日
プライベートな事ですが
ちとプライベードなこと、実は私には齢92歳になる義理の母がおりまして、義理のーというのは実父(既に他界)の後添えだからです。実母は私が10歳のときに病死した。それで、父が再婚したわけだが、こうした場合に子どもは後妻と同籍にならなくてもよいのか、父の死後だいぶ経ってから養子縁組をして親子関係を結んだのです。
私には4歳上の姉と2歳下に妹がおり、実父はこの3人の子連れで再婚したのですが義母に子は出来ませんでした。そして、私自身は10歳から8年間ぐらい父夫妻と同居してましたが、高卒後直ぐに実家を出て、不安定な俳優という職業に就いたこともあって別居を続けた。その間、私も結婚したし子どもも授かって完全に別所帯で独立した。
姉や妹も私同様に10代で実家を離れた。そして、結婚し所帯を持ったので義母は長年1人暮らしで来た。であるから、私たち兄弟姉妹の自立から数えると40年もの長きにわたり、かなり希薄な関係で過ごしてきた。しかし、義母が怪我や大病を患ったときには放ってはおけず私たちが面倒をみてきた。だから全く疎遠だったわけではない。
その義母が去年、要介護3の認定を受けていよいよ1人暮らしが不自由になってきた。5年前に養子に入ったときから覚悟はしていたが、義母が住む実家も私の住いも居住スペースに余裕が無い。それと何より生活習慣が違いすぎるので同居は難しい。私としては公的な特別養護施設に頼るしかないと、その方面を探すことにした。
もちろん義母本人とも姉妹とも介護関係のケアマネージャーやいろいろな方と相談の上だ。その結果、義母が住む荒川区の南千住にこの3月に竣工する特養ホームへの入所が決まりそうだ。公共施設は入所希望者が多く待たされると聞いていたが、去年6月から探しはじめて、たまたま建設中の施設があり、高齢、介護度の進捗とタイミングが良かったのか先月、内定の通知を受けた。
今月(2月)26日に新装の施設見学および相談会があるので義母に付き添って行くが、順調に行けば4月上旬に入所が叶う予定だ。ただ、心配なのは義母の我侭、かなり気難しい人なので個室に入るとはいえ他の入所者との折り合い、団体生活がうまくやっていけるか。自分の家に帰りたいなんて言い出しかねない。
まあ、先のことはわからないし心配しても始まらない。やれるだけのことをやる、ベストを尽くす、そんな決意の近況だが、肩肘張らずにいきたい。
私には4歳上の姉と2歳下に妹がおり、実父はこの3人の子連れで再婚したのですが義母に子は出来ませんでした。そして、私自身は10歳から8年間ぐらい父夫妻と同居してましたが、高卒後直ぐに実家を出て、不安定な俳優という職業に就いたこともあって別居を続けた。その間、私も結婚したし子どもも授かって完全に別所帯で独立した。
姉や妹も私同様に10代で実家を離れた。そして、結婚し所帯を持ったので義母は長年1人暮らしで来た。であるから、私たち兄弟姉妹の自立から数えると40年もの長きにわたり、かなり希薄な関係で過ごしてきた。しかし、義母が怪我や大病を患ったときには放ってはおけず私たちが面倒をみてきた。だから全く疎遠だったわけではない。
その義母が去年、要介護3の認定を受けていよいよ1人暮らしが不自由になってきた。5年前に養子に入ったときから覚悟はしていたが、義母が住む実家も私の住いも居住スペースに余裕が無い。それと何より生活習慣が違いすぎるので同居は難しい。私としては公的な特別養護施設に頼るしかないと、その方面を探すことにした。
もちろん義母本人とも姉妹とも介護関係のケアマネージャーやいろいろな方と相談の上だ。その結果、義母が住む荒川区の南千住にこの3月に竣工する特養ホームへの入所が決まりそうだ。公共施設は入所希望者が多く待たされると聞いていたが、去年6月から探しはじめて、たまたま建設中の施設があり、高齢、介護度の進捗とタイミングが良かったのか先月、内定の通知を受けた。
今月(2月)26日に新装の施設見学および相談会があるので義母に付き添って行くが、順調に行けば4月上旬に入所が叶う予定だ。ただ、心配なのは義母の我侭、かなり気難しい人なので個室に入るとはいえ他の入所者との折り合い、団体生活がうまくやっていけるか。自分の家に帰りたいなんて言い出しかねない。
まあ、先のことはわからないし心配しても始まらない。やれるだけのことをやる、ベストを尽くす、そんな決意の近況だが、肩肘張らずにいきたい。
2012年1月6日金曜日
地震・雷・火事・・・・
新年がスタートして1週間が過ぎようとしている。各地で大雪に見舞われているようだが、東京のわがホームグランドは穏やかな小春日和と言ってよい晴天続きだ。ただ、年が明けて早々(元日)に大きな地震があったりして、昨年の3.11以降に頻発する大揺れ小揺れが治まらず戦々恐々の思いは拭えない。
神戸・淡路や東日本、その他にも大きな惨状を余儀なくされた土地があって、地震国という不名誉な称号も致し方ないのかな。去年、震災などめったに起こらないニューヨークで地震があり、市民の慌てふためく様子をテレビの報道で観て、あの程度であの騒ぎとつい笑ってしまったが、かく言う自分も慣れる暇なく地震は怖い。
「地震・雷・火事・親父」は日本人の怖いもの順として言い伝えられてきたものだが、近年「親父」はこの順位を外されたものの「地震」だけは健在である。ありがたくないが、雷にしても火事にしても防ぎようは人智の内にある。しかし、地震だけは未だ智の及ばない存在で、日本人ならいつ何時わが身にと思っているだろう。
こういう国柄だから原子力発電所の保有は日本には適さないだろう。さきの東日本大震災で福島第1原発が事故を起こしたことが、いみじくも不適を証明した。原発の事故は地震災害だけで起こるものではなかろうが、想定出来得る限りの危険回避を図るなら地震が頻発する日本は原発を持たないほうが賢明だろう。
まあ、全くの素人考えを許してもらわねばならないが、電力供給にしろ経済振興策にしろ危険を冒してまで行うことはない。貧しいながらも楽しい我が家、ってこともあるし、おのれを顧みればかなり質素に徹しているつもりでも無駄が多い。しかし、歳だから想像力が希薄になって、現実しか見えないようでは困るのことよ。
神戸・淡路や東日本、その他にも大きな惨状を余儀なくされた土地があって、地震国という不名誉な称号も致し方ないのかな。去年、震災などめったに起こらないニューヨークで地震があり、市民の慌てふためく様子をテレビの報道で観て、あの程度であの騒ぎとつい笑ってしまったが、かく言う自分も慣れる暇なく地震は怖い。
「地震・雷・火事・親父」は日本人の怖いもの順として言い伝えられてきたものだが、近年「親父」はこの順位を外されたものの「地震」だけは健在である。ありがたくないが、雷にしても火事にしても防ぎようは人智の内にある。しかし、地震だけは未だ智の及ばない存在で、日本人ならいつ何時わが身にと思っているだろう。
こういう国柄だから原子力発電所の保有は日本には適さないだろう。さきの東日本大震災で福島第1原発が事故を起こしたことが、いみじくも不適を証明した。原発の事故は地震災害だけで起こるものではなかろうが、想定出来得る限りの危険回避を図るなら地震が頻発する日本は原発を持たないほうが賢明だろう。
まあ、全くの素人考えを許してもらわねばならないが、電力供給にしろ経済振興策にしろ危険を冒してまで行うことはない。貧しいながらも楽しい我が家、ってこともあるし、おのれを顧みればかなり質素に徹しているつもりでも無駄が多い。しかし、歳だから想像力が希薄になって、現実しか見えないようでは困るのことよ。
2011年12月25日日曜日
年の瀬は歳の瀬だぁ~
いよいよ今年もあと1週間、年の瀬を迎えて何かと気忙しい。クリスマス(本日)も正月も普段と変わらぬ生活(信条)なので、パーティとか初詣とかの日程があるわけではないのだが、どうも周囲の雰囲気に飲み込まれて落ち着かない。急いては事を仕損じるではないが、年末を平常心で過ごせないと無駄に時間を使ってしまうので年寄りには怖いです。
今年は未曽有の大震災があり命の危うさを思い知らされた。直接被災したわけではないけれど人生というものを考えさせられ、生き方を変えないとヤバイなあ~と。あの津波の惨状と原発事故にかなりのショックを受けました。のほほんと好きなことをやってこの歳まで過ごしてきた身には、おのれを変えると言ったって想いの域を出ないのですが・・・・。
今月(12月)に入って10日に脚本家の市川森一さん(享年70歳)、20日に映画監督の森田芳光さん(61歳)、きのう俳優の入川保則さん(72歳)が亡くなりました。私と同じ業界の著名人ですが、ほかにも同年代の同業者が他界していて本当に身につまされます。人生80年時代とはいえ、60歳を超えれば死がとても身近なんですね。
天災とは別に身の周りで起こるそうした弔事も命の空しさを実感させられます。が、それを悔いても始まらない。寿命がどうであれ精一杯生きたいものです。気張らず焦らずおのれに天命をまっとうしたいですよ。あッ、そうそう北朝鮮の金正日総書記(69歳)も死去したようですね。お国柄か、死亡日ははっきりわかりませんが、かの国はどうなるんでしょう。
このブログをご覧の皆さま、良い新年をお迎え下さい。お訪ね頂きありがとうございました。
今年は未曽有の大震災があり命の危うさを思い知らされた。直接被災したわけではないけれど人生というものを考えさせられ、生き方を変えないとヤバイなあ~と。あの津波の惨状と原発事故にかなりのショックを受けました。のほほんと好きなことをやってこの歳まで過ごしてきた身には、おのれを変えると言ったって想いの域を出ないのですが・・・・。
今月(12月)に入って10日に脚本家の市川森一さん(享年70歳)、20日に映画監督の森田芳光さん(61歳)、きのう俳優の入川保則さん(72歳)が亡くなりました。私と同じ業界の著名人ですが、ほかにも同年代の同業者が他界していて本当に身につまされます。人生80年時代とはいえ、60歳を超えれば死がとても身近なんですね。
天災とは別に身の周りで起こるそうした弔事も命の空しさを実感させられます。が、それを悔いても始まらない。寿命がどうであれ精一杯生きたいものです。気張らず焦らずおのれに天命をまっとうしたいですよ。あッ、そうそう北朝鮮の金正日総書記(69歳)も死去したようですね。お国柄か、死亡日ははっきりわかりませんが、かの国はどうなるんでしょう。
このブログをご覧の皆さま、良い新年をお迎え下さい。お訪ね頂きありがとうございました。
2011年11月15日火曜日
気を引き締めて!
暦では「立冬」ですが、日本国内の季節は北海道から沖縄まで一様ではありませんね。でも、ちらほら初雪の便りも届きはじめて、ぼくの住んでいる東京の郊外でも確実に冬支度を迎えている。自宅に隣接して市営の大きな公園があって、そこの銀杏の樹も落葉し地面を黄金色に(写真)染めています。ぼくは日頃(時間がある時ですが)この公園をトレーニング場にしてウォーキングやストレッチ(体操)をやっています。年齢的に身体の柔軟性を保持する訓練は欠かせませんからね。何かの都合で3,4日もこれをやらずにいると動作の鈍りがてき面なんですよ。近頃はレンタルのDVDが普及しているんで重宝してます。つい見逃してしまった映画(テレビドラマも)を適時に観られますからね。最近では洋画では「英国王のスピーチ」(トム・フーバ監督、リコン・ファース主演)を、邦画では「告白」(中島哲也監督、松たか子主演)を観た。かなり話題になっていた作品なのに観てませんでしたからね。おのれの不勉強もあるけれど、観る側がある意味で充実していないと落ち込んじゃいますからね。
とにかく、自分に出来ることは限られている訳でして、成果をあげられないことに悩むよりやれることをやろうという気分です。それにしても発想とか想像するということが歳のせいなのかいやに希薄になっている。もっと脳味噌を刺激したいね。
2011年10月27日木曜日
自分の立ち位置
ぼくは原発やTPP(環太平洋経済連携協定)、沖縄の米軍普天間飛行場移設問題などの動向に強い関心を持ってます。どちらかというと何れもその推進・施行には反対なのだけれど、自分の知識では軽々と意見など言えないと思っています。
これは自分の最大の欠点ですが、考えている物事を人前で話すのがとても苦手です。他人の目には「無口」「寡黙」と映っているはずです。そんな者が俳優を職業にしてるんですから驚かれても仕方ないのですが、口下手でも「セリフ」なら語れる、ってことはあるのですよ。
さて、政治や経済について自分なりの考えは持っていても、それを議論したり評論することにすごい苦手意識があります。どうも自分は物事を感性で捉えるタチ(性質)のようで、無口だから語れないというのではなく、どこかで言葉が理屈になるのを恐れてしまうのです。
性格というのは歳をとるほど頑固になるものなんでしょうか。子ども時代のような柔軟性があれば人生は楽しいし、一層豊かな(精神的にですが)暮らしも叶うと思うのですが、一方で世事に流される不甲斐なさを感じながら、諦めの境地に浸ってしまう。
それもこれも自分という人間の在りようですから情けないことですが、おのれの立ち居振る舞いで自論を表すしかないと思っています。根っから不器用者ですが人さまに迷惑をかけぬように、「自分」を粛々とやって行くしかないなあ~と考えております。
当ブログをご覧いただきありがとうございました。今後ともどうぞ、よろしく!
これは自分の最大の欠点ですが、考えている物事を人前で話すのがとても苦手です。他人の目には「無口」「寡黙」と映っているはずです。そんな者が俳優を職業にしてるんですから驚かれても仕方ないのですが、口下手でも「セリフ」なら語れる、ってことはあるのですよ。
さて、政治や経済について自分なりの考えは持っていても、それを議論したり評論することにすごい苦手意識があります。どうも自分は物事を感性で捉えるタチ(性質)のようで、無口だから語れないというのではなく、どこかで言葉が理屈になるのを恐れてしまうのです。
性格というのは歳をとるほど頑固になるものなんでしょうか。子ども時代のような柔軟性があれば人生は楽しいし、一層豊かな(精神的にですが)暮らしも叶うと思うのですが、一方で世事に流される不甲斐なさを感じながら、諦めの境地に浸ってしまう。
それもこれも自分という人間の在りようですから情けないことですが、おのれの立ち居振る舞いで自論を表すしかないと思っています。根っから不器用者ですが人さまに迷惑をかけぬように、「自分」を粛々とやって行くしかないなあ~と考えております。
当ブログをご覧いただきありがとうございました。今後ともどうぞ、よろしく!
2011年10月10日月曜日
犬も歩けば・・・・
先日(10月3日)荒川区東尾久の実家から北区の動坂を経て、文京区の白山通りへ出て、新宿区飯田橋まで散歩した。途中、白山神社や東京ドーム裏手の春日公園などで道草しながら、ほぼ10kmの行程だ。
文京区春日1丁目の公園は春日通りに面した入口に徳川三代将軍家光の乳母春日局の銅像(写真上)があって、背面の植込みにひっそりと彼岸花(写真下)が咲いていた。
その後も散歩は欠かさないが、最近は10km位(2時間程度)が丁度い
い。ぼくにとって散歩は俳優としての体力を維持するためなんですが、
懐かしい場所や知らない街を巡るのは楽しいものです。先日のコース
は“懐かしい”部類ですが「犬も歩けば棒に当る」で、その都度、発見が
あります。歩きながら眼にする風景は心に響く。それに、歩くと脳も活性化するようで、考えごとに最適ですね。
ひょんなことから劇団に入り、半年もしないうちに俳優座劇場で初舞台
のチャンスが巡ってきた。当時は演劇のメッカーだった同劇場の舞台を
踏めたことが病み付きになり、プロを目指してうん十年。この間、舞台で
は食えないのでテレビへ進出、脇役・端役ながら何百本のドラマをこなし
て来ました。ここまで続けてこれたのも少ないながら途切れなく仕事が
入ってきたからでしょう。舞台は自主公演ですからノーギャラだったし、テレビや映画の仕事を2~3か月もNGにしないとできないので続きませんでした。だから劇団を抜けてテレビ中心の俳優生活に切り替え、舞台は客演という形でしか出来なくなりました。
そんなこんなで現在に至りましたが、舞台も映画もテレビもすでにぼくらの時代は終わりました。
とは言え元来が「脇」ですから仕事がまったく無くなったわけではありません。この商売はおのれが動かないと(それが最も不得手)チャンスも芽生えませんが、物欲しげに何でも演れますなんて柄でもありません。恥ずかしながらオーデションでもなんでも受けますが、納得づくでなければ演れません。
それに歳も歳ですから、もう道楽とか隠居が許されましょうし、例えホサれても悔いはない。ですから、妥協しないで我が道を散歩したいと思うこのごろです。
*所属事務所・俳協 HP http://www.haikyo.or.jp
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